ジンバブエでの生活の事や途上国や日本の教育政策の事について書いています(ここでの見解は個人の見解であり、所属団体の見解ではありません)
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 いじめに関して、生徒と先生に有用なサイト
2012年10月09日 (火) | 編集 |
ようやく公用旅券が届きました、そろそろジンバブエに出発です!!!

さて、あまり私のブログを学生さんが読んでいるような感じもしないのですが、、、いじめを受けている子ども達が自らいじめから抜け出せるように、様々な情報が提供されている、ストップいじめ!ナビ、というサイトがOpenしたようです。これからもっともっとサイトを充実させていくようです、楽しみですね。

ストップいじめ!ナビは今の所主に学生さん向けなようですが、学校の教員の方には、こちらのサイトもご紹介したいとお思います⇒http://safesupportiveschools.ed.gov/index.php?id=1480

このサイトに掲載されている資料を読んでいて、日本のいじめ関連の書籍に載っているような事も掲載されていますし、何よりも資料の書き方が平易かつ分かりやすいので、結構お薦めです。いじめの対処策について考えていらっしゃる方で、これまで日本の資料しか読んでこなかった方には、日本の情報と比較させる意味でもお薦めします。
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 「大学で何を学ぶべきか?」U.S. News & World Reportsから
2012年10月05日 (金) | 編集 |
以前SYNDOS JOURNALさんの方で、「高等教育の量的拡大はどのように行われるべきか?」という記事を掲載して頂きました。この記事の中で、大学教育と賃金の関係についてどのような感じの研究がこれまで行われてきているのかをざっと紹介しました。読んで頂けると嬉しいのですが記事を読むのが面倒な人のために要点を書いておくと、大学で学ぶタイミング・学ぶ大学の質・大学で学ぶ内容が、その後の賃金に影響を与える事が分かってきています。3点目の大学で学ぶ内容ですが、質的な物を扱う分野(一部の社会科学系・人文科学・サービス系)を勉強するよりも、量的なものを扱う分野(工学・理学・経済学)を勉強した方が、収入が高く・失業のリスクも低くなるようです。

といった内容だったのですが、やや抑えめのトーンで書きました。なぜかと言うと、学力テスト問題でかつて訴訟が起こり現在も大きな反発が出ているのですが、日本の教育関係者の大半はこの手の話が嫌いなので、あまりダイレクトに書くと、伝えたい内容なのに反発だけ買って聞いてもらえない事があまりにも多いからです。



ところが、U.S.News & World Reportで「College Majors With the Best Rerutn on Investment」という記事が掲載されていました。この記事の趣旨は「高等教育の量的拡大はどのように行われるべきか?」の大学で学ぶ内容が賃金に与える影響と殆ど同じですが、表現がより直接的で分かりやすいので、内容をかいつまんで紹介しようと思います。

期待賃金が高い専攻

Engineering, physics, computer science, and mathematics boast strong earning potential and low unemployment rates, which can help you reap the highest return on your education investment

工学・物理・コンピューターサイエンス・数学を専攻すると、高い賃金を得つつ失業リスクも低くてすむ可能性が高く、最も高い教育投資効果を得られるであろう、という事だそうです。

With average starting salaries hovering close to $98,000 per year, a median salary of $120,000, and 95 percent of graduates employed full time, petroleum engineering majors can expect a solid return on their degree. The same goes for students majoring in geological engineering, a niche degree that yields high salaries and nearly 100 percent employment for majors.

工学の中でも、石油工学や土木工学の卒業者が高い給与や安定した雇用を得ているように、現在労働市場で求められている分野というものがあり、それを専攻すると高い給与と安定した雇用が期待できる、という事だそうです。

教育の長期な効果

[In] nursing, you get paid really well in the beginning, but then you just don't grow much in your career. Graduates with degrees in physics, economics, or statistics often enter the workforce with lower initial salaries, but the potential for income growth.

看護学を専攻すると初任給は高いものの給与の伸びはイマイチ。しかし、物理・経済・統計を専攻すると初任給はイマイチでも給与の伸びは高い給与の伸びが期待できる。このように、専攻によって生涯収入に差があるだけではなく、その内訳である初任給と給与の伸びにも違いがあるようです。

The flexible skillset makes these degrees solid investments. (中略) "A lot of people talk about majoring in business ... actually, economics is even better, because you learn a lot more quantitative analysis, a lot more statistics, and things that are applicable in kind of this big data world. Similar to physics, it's really good for salary growth overall."

物理・経済・統計を専攻する事が堅実な教育投資となるのは、これらの専攻では柔軟なスキルを育ててくれるからです。MBAのような学位が注目を集めていますが、経済学の方が良いようです。これは、莫大な顧客データや市場データを分析するための、量的な分析手法や統計学を学べるから、という事のようです。

STEMと他の科目

"Whether it be sociology, or political science, or anthropology ... anything that helps you understand people's behaviors and trends in behaviors,"

社会学であろうが、ポリサイであろうが、文化人類学であろうが、人々の行動やその傾向を理解させてくれる専攻は役に立つように、STEM(Science, Technology, Engineering, and Mathematics:科学・技術・工学・数学)以外を習得しても、魅力的な教育投資となる可能性はあるようです。

"If you're in one of the STEM majors ... you can justify going to a more expensive school because they pay better and there's more job opportunities. If you have more interest in art or humanities ... then you should probably think about going to a cheaper school."

STEMのどれかを専攻するのであれば、高い賃金や良い雇用が期待できるので、学費の高い大学へ行くのも妥当性がある。しかし、人文科学系を専攻するのであれば、学費が安い大学へ行く事を検討した方がよい、というのがこの記事の結論です。



この記事は、かなり僕が書きたかった事を簡潔かつ直接的に、教育の供給側ではなく教育の需要側の視点で書いてくれています。これを、日本のケースに沿って教育の供給側の視点からまとめると、要点は次の3点になると思います。

①今、そして今後どのような技術や知識が労働市場で求められているのかよく見極めて、教育投資を行う分野・専攻の選択と集中を図るべき(石油工学や土木工学)。

②日本では大学よりも専門学校に行って手に職をつけるべきという話や、職業教育のような話に人気があって、そのような分野への教育需要も低くはない。しかし、このような分野は目先の雇用や賃金は保証してくれるかもしれないが、中長期的に雇用や賃金を保証するわけではない(看護学)。これらの教育にかかるコストの高さや技術革新の速度を考えると、技術革新にも対応でき、かつ新しい知識をどんどん吸収していけるような、柔軟なスキルと訓練可能性・高い学習可能性を養ってくれるような教育分野(物理学・経済学・統計学)を重視すべき。

③そのような教育分野がSTEMであり、その重要性の高まりにもかかわらず、ここ20年の日本の高等教育の拡大は逆方向に進んでしまった。特にこの20年間で増えた大学生の90%以上は女性であり、これが日本の女性の低い労働参加率や低い賃金の一因となっている可能性が高い。日本は「女の子こそ手に職を」や「女の子らしい学問:文学部、家政科とか」という長期的視点を全く欠いた思い込みが強いようだが、女の子こそSTEMを、である。



私は基本的にアメリカの生活が嫌いなのですが、アメリカは日本と違ってこういった議論が堂々とできるので、またいつか自分の職業スキルを高めるためにアメリカに戻るんだろうな、と思います。教育って本来それ自体が目的なのではなく、教育を受けた子どもや社会が豊かになるための手段だと思うのですが、大人が教育を施す事を通じて自己満足するための議論が多くて、こういった議論が行われない今の日本の教育界隈って極めて不健全だと思うんですよね、個人的には。。。
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 ニコ生で話しきれなかった事、いじめについて④
2012年09月27日 (木) | 編集 |
前回までに引き続き、ニコ生シノドスに出演した際に、準備して行ったもので上手く話せなかった物・話しきれなかった物を書き留めていきます。いじめ問題に教育行財政的にどのようにアプローチできるか?の最終回です。いじめ問題に取り組むためには、いかに学校での死角を減らせるか、如何に教育の場での人間関係を流動的なものにできるか、いじめの秩序が前面に出てくる事を防げるか、の3点が重要だと考えられています。今回は、いじめの秩序が前面に出てくる事をいかに防ぐか、について考え準備して行った事を書き留めておこうと思います。

こちらのいじめ研究の第一人者である、社会学者の内藤朝雄さんへのインタビュー記事と「いじめの直し方」によると、いじめの秩序が前面に出てこないようにするには、いじめに対する罰則を重くする方法と、いじめをするよりももっとやりがい・楽しみがある様にする方法の2種類があるようです。

前者については、警察や弁護士といった一般的な社会のルールを導入する、という事がいじめの直し方の中で提言されています。これには2つの効果が期待でき、まずいじめの罰則を重くする事でいじめを行うコストを上昇させて、いじめの抑止を図るという物です。さらに、一般社会のルールを学校に持ち込む事で、場の秩序を転換させる効果も見込めるそうです。つまり、学校でいじめの秩序が前面に出てきていても、一般社会のルールを持ちこむ事で、いじめはよくないという秩序を前面に引っ張り出してこれる事が見込めるそうです。

以上の事が上記で紹介した書物で述べられていた事です。私は、いじめに対して警察や弁護士の介入があり得るというシグナルを学生に対して発すること自体には賛成ですが、極めて悪質なケースを除いて警察や弁護士を介入させることには慎重であるべきだと考えます。

いじめや非行行動に走る児童の殆どが家庭に問題を抱えていると言われています。いじめを行った者に対して法的措置を取ると、そのいじめを行った者の学習機会が失われ、つまり人的資本の蓄積機会が無くなり、その児童が大人になり家庭を持った時に、また問題を抱えた家庭を築きやすくなってしまい、長期的にはいじめの数を減らす事が出来ない可能性(むしろ、学歴の低い層ほど合計特殊出生率が高い事を考えると、いじめの数を長期的に増やしてしまう恐れすらあります)があります。私は、問題を抱えている児童・生徒ほど、より人的資本を蓄積させうる方法で対処していかなければならないと考えます。私はよく就学前段階の児童に対する介入の重要性を訴えていますが、恐らくいじめ問題についても同様の主張になると思います。将来、いじめや非行行動に走りそうな、家庭にリスクを抱えた児童に対して早期に介入し、小・中・高でそうならないように早めに対処する事が必要なのではないかなと思います。

さて、後者のいじめをするよりももっとやりがい・楽しみがあるようにする点についてですが、色々と考えてみたのですが正直良く分かりませんでした。教育行財政では教室や学校の中をブラックボックスとして扱う事が多いのですが、恐らくいじめよりもやりがいがある事を作り出すのはこれに当たるのかなと思います。いじめをなくす事はできませんが、教育行財政としていじめに対して取り組める事に取り組み、できるだけ実際に子どもたちに対峙する教員の負担を減らし、いじめの秩序が前面に出てきづらい学校・学級運営に当たってもらえるようにするのが、教育行財政の仕事かなと思います。

この点と関連して、今回いじめについて考え準備して行った事は、基本的にいじめを予防するためのものであって、決して現在進行形で行われているいじめについてどう対処すべきか、という物を取り扱っていません。



最後に、対談の中で荻上さんから投げかけられた質問について紹介しようと思います。
「なぜ私が勉強しているような分野でいじめに関する研究は少ないのか?」
というものです。言われてみるとこれは結構謎です。荻上さんが仰っていたように、教育学部の構造にも問題があるのかもしれません。科目別の教員養成学科や教育哲学科、教育心理、教育社会学といった物が分野として存在しますが、いじめ学科なる物は恐らく存在しません。つまり、いじめを研究したとしても、それ相応のポストがアカデミアに存在しない、という問題です。

あとは、データの取りづらさがあると思います。何を持っていじめとするか、そもそもいじめをあるなしの二分法で捉えるべきかそれとも指標化して捉えるべきか、いじめをどれだけ補足できるか、等々の問題があります。データが取れなければ、分析する事も極めて難しくなります。

いじめ問題が取り扱われないのには、こういった背景があるのかな、と思います。しかし、イギリス辺りでいじめが引き起こす社会的な損害の試算が試みられましたが、いじめの被害は決して無視できるような小さな物ではありません。教育行財政、教員、研究機関、それぞれがいじめの被害を最小限にするために出来る事にしっかりと取り組んでいかなければならないですね。
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 ニコ生で話しきれなかった事、いじめについて③
2012年09月23日 (日) | 編集 |
前回は、いじめに対処するためにいかに学校の死角を減らす事が出来るかを、教育行財政の観点から考えて準備していった事を記しましたが、今回は、教育の場において人間関係の流動化をどのように図っていくか、考えて準備していった事を書こうと思います。

勉強した著書では、教育の場で流動的な人間関係を確保するための方法として、通信制学校や所謂Non-Formal Educationの活用まで見据えたバウチャー制度の導入が提唱されていました。確かにこれは1つの有効な方法だと思われます。

バウチャー制度下では、政府が子どもを持つ各家庭に教育クーポン(バウチャー)を発行する事になります。各家庭は私立なり公立なり通信制なりNon-Formal Educationなり、子どもに教育を受けさせたいと思う教育機関に対して、この教育クーポンを提出する事になります。この教育クーポンを受け取った教育機関は、この教育クーポンを政府に提出する事で、お金を受け取る事になります。従来は政府が各教育機関に直接予算を渡していたのに対して、バウチャー制度の下では、政府はバウチャーという形を通じて、各家庭に予算を配布する形となります。バウチャー制度の学力に対する効果には言及しませんが、確かにバウチャー制度は従来の教育制度と比べて、教育の場における人間関係をより流動的にするものだと考えられます。

ただし、学校以外の形式の教育機関まで認める事にはリスクが付きまといます。途上国で顕著に見られるのですが、Non-Formal EducationにはSecond Education化しやすいという危険性があります。途上国の中には、働きながらしか学べない児童や、HIV/AIDS孤児のためのNon-formal Educationが整備されている国が多数あります。ただ、これらの国では、Non-formal Educationに通い始めた子どもが、教育システム間の連携の不備で主流の教育に戻る事が出来ないケースや、Non-formal Education出身の児童に対する差別が発生するケース、Non-formal Educationに通っていた事が負のシグナルとなり労働市場で職が見つけられないケース、等が問題となっていたりもします。このように、本来主流な教育を補完・代替する形であるべき物が、主流な教育から漏れた児童の受け皿化してしまう状態がNon-formal EducationのSecond Education化です。イマイチSecond Education化がイメージつかないかもしれませんが、日本の高校教育における職業科教育も、本来普通科教育を補完・代替すべき物なのですが、職業科教育が普通科教育に対して劣位に置かれており、Second Education化している、と言えばイメージがつきやすいかもしれません。

確かにNon-formal Educationのような多様な教育機会が保障されている事そのものは大事ですし必要な事です。そして、学校のような共同体的なものがそもそも受け入れられないような子どもに対する教育機会の保障は重要です。なので、この辺りはSecond Education化が起こらないように留意しながら行う必要が出てくるのかなと思います。

また、バウチャー制度と似たような働きを期待できる物として学校選択制も挙げられます。特に、コストや現場の負担は多大なものとなりますが、毎年通学する学校を選べるような、流動性の極めて高い学校選択制であれば、Non-formal Educationが抱えるSecond Education化のようなリスクは存在しませんし、何よりも転校に伴うスティグマが軽減されるので、いじめにあったとしてもその中間集団から離れる事が容易になります。

しかし、これらの政策が万能であるかと言われると、そうとは言えません。第一に、バウチャー制度や学校選択制は基本的には都市を土台とした政策です。例えば、私が卒業した小中学校は、隣の小中学校に赴任すると僻地手当が支給されるぐらいの田舎です。例え学校選択制度が導入されたとしても、隣の小学校まで徒歩で2時間以上かかりますし、公共交通機関での移動も極めて困難です(一番近くの電車の駅まで車で20分、電車は1時間に2両編成でやってくるのが1本といった感じです)。つまり、農村部で学校選択制が導入されても、学校の選択のしようがありません。また、子どもの人数も極めて少ないので、バウチャー制度が導入されたとしても、Non-formal Educationのような物が成立する余地がありません。農村部で教育の場における流動的な人間関係の構築は、これらの政策ではほぼ対処できないと言えます。

第二に、親の側に選択権がある教育システムは、地方分権化についても全く同じ事が言えるのですが、親の社会経済状況や能力が如実に子どもの教育状況に反映されてしまいます。子どもの教育に熱心な親であれば、近隣の学校に関する情報を収集し、それを吟味し、子どもがいじめに遭わないような学校を選択する事が出来ます。しかし、そうでない親はそもそも情報収集を行わないですし、仮に情報を集めたとしてもそれを分析する能力に欠けている事があります。結果、社会経済的に豊かな家庭の子どもほどよりいじめに遭いづらく質の高い教育を受けられる学校に通うようになりますが、社会経済的に貧しい仮定の子どもほど、家から近いというだけで学校を選択し、いじめに遭いやすく質の低い教育しか提供できない学校で教育を受ける事になってしまいがちです。

このように、教育の場における流動的な人間関係の確保を図る教育政策は、地域間の公正性の欠如や教育機会を通じた不平等の連鎖といった問題をはらむ可能性があり、なかなか難しい選択肢となる事が予想されます。ですが、いじめ問題に取り組むためにも、これらの短所を補える形のこれらの政策を模索する必要があるでしょう。

では、最後にいじめの秩序が前面に出てくる事を如何に防ぐか、について教育行財政の視点から考えて準備していった事ですがこれはまた次回にしようと思います。

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 ニコ生で話しきれなかった事、いじめについて②
2012年09月20日 (木) | 編集 |
ユニセフ本部の方から健康診断の再検査を命じられました…。まだしばらく住所不定無職として日本に滞在する事になりそうです。日本で特にやるべき事もなくなってしまったので、ブログの続きを綴っていこうと思います。

前回の続きで、ニコ生の場でちょっとお話できなかった、いじめについてです。いじめに対処していくために、いかに学校での死角を減らせるか?・いかに教育の場での人間関係を流動的なものにできるか?・いかにいじめの秩序がはびこる事を防げるか?、について教育行財政的なアプローチから何ができるか、考えた事を書き留めておこうと思います。



まず、学校の死角を減らす事について考えた事です。これについては第一に教員数を増加させる事が考えられるかと思います。日本は教員一人当たりのコストが高い一方、生徒当たりの教員数を少なく抑える、すなわち少数精鋭方式の教員政策を採っている事が特徴として挙げられます。少数精鋭方式の課題として、最近話題になっている教員養成の修士化の中でも触れられているのですが、教員が多忙になる点が挙げられます。採点の枚数が増えたりするのはもちろんの事、三者面談や家庭訪問の件数とそのための準備の時間が増えるし、授業内でも生徒一人一人を見られる時間は確実に減少したりします。

教員一人当たり生徒数が子どもの学力に与える影響は、低学年・社会階層が低い子どもたちには効果があるらしい、という2点を除いてはあまり良く分からないというのが恐らく実情です。しかし、教員の増配は子どもの学力には影響を与えなかったとしても、いじめを減らす事には貢献するのではないかな、と思いました。

まず、物理的に学校における教員の数が増えるので、いじめの秩序が前面に出てきやすい学校の死角は、空間的にも時間的にも、確実に減少するものだと考えられます。また、授業空間においても生徒一人一人に目を配らせられる時間が増えるので、これもまた授業中に隠れていじめの秩序が前面に出てくる事を防ぐ作用を持つ物だと考えられます。さらに、なによりも生徒一人一人の事を考えられる時間が増加するので、いじめの秩序が前面に出てくる事を予防できなかったとしても、いじめが発生した場合の早期発見につながるのではないかな、と現職の教員の方に話を伺いながら対談の資料を作成していて思いました。

ただ、仮に教員数を増加させる事が上記のような作用を持ったとしても、現在の日本では、この政策はかなり採用しづらい物となっています。というのも、教員は一旦採用したらそう簡単に雇用量を調整する事は出来ないので、一度この政策を実施したら、もう後戻りすることは出来なくなります。さらに、後戻りできない以上の問題点なのですが、日本は他国と比べて教員給与が高い水準となっており、教員数を増加させた時のコストがかなり大きくなってしまうので、極めてこの政策を採りづらい環境にあります。この点と関連してですが、教員給与の水準を高止まりさせておくことは、採りうる教員政策の幅を大幅に減少させてしまう、という点はまだあまり日本で認識されていないような印象を僕は持っています。。。

というわけで、財政難と高い教員給与を抱える日本には教員数の増加というのは難しい選択となってしまっています…。



前述のように日本ではリカレントコストをいじる事が難しくなっているので、学校の死角を減らす事について、キャピタルコストの点から教育行財政的にどのようなアプローチが出来るのか、考えてみます。

キャピタルコストの最たるものですが、学校の建物そのものを改築・新築して学校の死角を減らすという方法が考えられるかと思います。

つい先日、知人にオープンスクールと呼ばれる学校を案内して頂いたのですが、これは学校の死角が少ない建築方式だし、よくある学校建築よりもクラス制度の弊害(固定的な人間関係)を小さく抑えられるような印象を受けました。オープンスクールとはどういうものかと言うと、よくあるクラスごとに教室がある学校建築ではなく、クラス間の壁が取っ払われて、1つの学年が1つの空間を共有しているという物です。これであれば、休み時間中も教員が交互にその空間に残る事で、教室にありがちな死角が消滅するのではないかと思いました。このオープンスクールのように、いじめの秩序が前面に出てきづらい死角の少ない学校建築方式というのは確実に存在すると思います。こちらは教員の増員にも検討する価値がありそうな政策であり、今後推進されていくべきものかもしれません。この辺り既に誰かが研究していそうな気もするので、もしどなたかご存知でしたら教えて頂けるとありがたいです、ジンバブエ出発前の時間を活かして勉強しようと思います。

また、オープンスクールであれば、クラスを超えた人間関係も構築しやすく、教育の場での人間関係を流動的なものにする、という2番目の課題の解決策ともなってきそうな印象を受けましたが、この2番目の課題に対して教育行財政が出来そうな事についてニコ生の場へ準備して行った事、はまた明日にしようと思います。さてさて、ジンバブエへの出発はいつになります事やら…。
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