ジンバブエでの生活の事や途上国や日本の教育政策の事について書いています(ここでの見解は個人の見解であり、所属団体の見解ではありません)
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 教育統計の整備を進めるという事
2012年01月29日 (日) | 編集 |
今週は東京でJPO派遣候補者研修があったので、Skypeを使って遠隔で研修を受講しました。DCの時間で夜の7時半から早朝3時過ぎまでなので、さすがにちょっと体がきつかったです。。。



研修を受けていて、(元)国連関係者の方々が国連機関が近年Results Based Approachを積極的に取り入れるようになり、そのため統計の整備がより重要になっていると繰り返し主張され、ちょっと思う事があったので少し途上国で教育統計の整備を進める事と、途上国の経験から得られる日本への示唆について書いてみようと思います。

よく、「途上国の教育統計はあまり当てに成らない」という話を聞きます。これには様々な原因があります。教育統計を収集・管理するためのコンピューターやソフトが足りない、教育統計官のキャパシティが足りない、学校と教育事務所の連携が上手くいっていない、学校レベルで統計を取る力がない、先進国と異なり留年・退学・早期入学など生徒の捕捉を難しくする要因が多い、他にも原因は色々考えられるのですが、ざっと挙げただけでもこれだけの原因があります。

国連関係者がこれほど統計が大事だ、と主張する割にこれらの原因に取り組まれていないのはどうしてでしょうか?もちろん支援側の問題もかなり大きな割合を占めます。国際機関側の支援能力・資金不足は(アメリカがUNESCOへの資金拠出を停止しUNESCOは全予算の20%ちょっとを失いましたが、教育統計整備の担当機関はUNESCO Institute of Statisticsです。)かなり深刻です。さらに、NGOも学校建築や本の寄贈など目に見える単純な成果に走らないと寄付金を集められないので、NGOによる教育統計の支援もそれほど盛んに行われているわけではありません。今回は少し途上国側の視点から考える事にします。



教育統計の整備は、効果的な教育計画の立案には必須です。ですが、有権者の立場からすると効果的な教育計画の立案よりも、自分の子どもが通うための学校建築・授業料無償化・学校設備の改善・教職員の増員といった目に見え直接裨益する案件の方が魅力的に映るはずです。これが投票行動となって現れるため、再選を目指す政治家の立場からすると、教育統計の整備を行うよりも有権者の目に見える案件を優先させがちになってしまいます。

また、官僚の側から見ても、確かに教育統計の整備で予算を自分の省庁に持ってくる事ができます。しかし、一官僚にとっても成果が見えづらい教育統計の整備よりも、「これは自分が設立に携わった学校だ!」と誇れるような、成果が見えやすいプロジェクトに飛びつきがちで、官僚と政治家の利害が一致しています。

さらに、教員集団の存在も見逃せません。教育統計の整備のためには教員の協力が必要不可欠です。しかし、教員側からすると雑務が増えるだけで自身にとっては特に利益があるわけではなく、そんなものにお金を使うぐらいなら待遇を改善して欲しい、というのが本音だと思います。ここで忘れてはいけないのが、教員は単一の職業集団としては国の中で最大規模を誇り、新卒採用の最大の引き受け手となっている事です。つまり、いくら政治家と言えども、正面切って教員集団と対立すると再選の可能性が随分と低くなってしまいます。

このように、有権者・政治家・官僚・教員それぞれどの立場から見ても、教育統計を整備するインセンティブは殆どない事が分かるかと思います。このように、支援側・支援される側双方が大きな問題を抱えていて、教育統計の整備がそれほど進んでいないのが現状です。



翻って日本の状況を見ると、教育統計の整備に関して次元は異なりますが(日本は個票データの整備が進んでいない)途上国と同じような政治的問題を抱えている、と私は思います。最近だと、幼保一元化・子ども手当て・高校無償化と言った分かりやすく見えやすい問題ばかりが政治の場で取り上げられ、分かりづらいし見えづらい個票データや学力テストでのサンプリング方法の問題に関しては議論がそれほどなされていない印象を受けます。

恐らく、文部官僚の方々にとっても、新たに予算を取ってこられる幼保一元化・子ども手当て・高校無償化に取り組むモチベーションは高いと思いますが、全数調査から個票データを活用するためのサンプリング調査への移行は前者ほどには予算がつかないし成果も見えづらく、めんどくさいイシューだと思います。

教員側にとっても教育統計の整備はさらに雑務が増えるだけです。かつ自身の評価に活用される可能性もあり、協力するインセンティブは殆ど無いことは、古くは学力テスト問題、近年では大阪での教員の反応から推測されます。そして、日本でも教員の新規採用は毎年2万5千人程度で推移し新卒雇用最大の受け入れ先の一つですし、日本全国の公立学校に勤務する教員数は100万人を超えます。これだけの数を誇ると、そもそも教育は票にならないと言われている中で、教員が好まない教育政策を導入するのは政治家にとって極めて難しい決断になる事が推測されます。



教育は国家100年の計と声高々に教育の成果は長期にわたると主張される方はお見受けしますが、長期的な視野に立った教育制度の整備を主張される方はあまり見ません。効果的な教育計画に必須な教育統計なのですが、先進国・途上国問わず、その整備には様々な困難があるようです。
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コメント
この記事へのコメント
 鋭い分析で恐れ入ります。私も現場の教員ですが、確かに統計化のためにあれこれやれと言われると「あーまた行政の気まぐれが始まった」とイヤ~な気分になります。というのも、都道府県の教育委員会が現場に統計データの提出を求めてくるのは、たいてい議会対策で、議会であれこれクレームをつけてくる議員(主に予算の削減を求めてくる)に対抗するためなんです。
 もっとも、今の日本では、ごく初歩的なデータすら無視した感情的教育批判が人気を博してますからねえ。きちんとした統計がされたところで、果たして使ってもらえるのかしらと私なんかは疑いたくなるんですよ。PISAテストも全国学力テストも、分析はメチャクチャですし。
2012/01/30(月) 20:52:10 | URL | shira #-[ 編集]
Re: タイトルなし
元々統計の意義は、説明を求める議会に対して証拠を示すためにあるので、議会対策に使用されるのは間違いではないと考えます。もしそこに対して嫌な気分になるのであれば、恐らく非は政治家の質問の仕方・内容にあるのではないでしょうか?そして、そのような政治家を選んだのは有権者の責任です。

また、感情的教育費批判が主流であり統計が使ってもらえるのかどうか分からないというのも、これもそれが出来ない政治家の程度の低さの問題であり、そのような政治家を選んだ有権者の責任です。

学力テストを使った大規模データの分析に問題があるというのはその通りだと思います。官僚・研究者側のキャパシティビルディングの必要性があると思います。
2012/01/31(火) 01:58:29 | URL | RED #-[ 編集]
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