ジンバブエでの生活の事や途上国や日本の教育政策の事について書いています(ここでの見解は個人の見解であり、所属団体の見解ではありません)
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 ハイパーインフレーション下のジンバブエ・現在のジンバブエ
2012年12月16日 (日) | 編集 |
立場上ジンバブエ政府の政策についての発言は控えたいと思いますが、政策とは関係ない方向でハイパーインフレーション下で人々がどのように生きていたのか、聞いた話を書いていきたいと思います。あくまでも聞いた話で、裏付けとかを取っているわけではないので、話し半分で聞いてもらえればと思います。



一般的にはハイパーインフレーションというと、世界史の教科書でドイツの子どもが紙幣の束で遊んでいる写真を思い浮かべられるかもしれません。ですが、ジンバブエのハイパーインフレーションというと紙幣の束ではなく、超高額のジンバブエドル紙幣を思い浮かべるのではないでしょうか?

どうやら紙幣をする能力がそれほど無かったために、超高額のジンバブエドル紙幣を次々と繰り出すのがやっとで、紙幣を刷ること自体はそれほど出来なかったようです。このように必要とされる紙幣を刷る事すらできなかったために、紙幣が圧倒的に市中で不足して、外貨が使われると同時に、物々交換のような経済が出来あがった、という話を聞きました。といっても、ハイパーインフレーション下では圧倒的な物不足に陥ったので物々交換の実施も相当に限定的だったようですが…。

ちなみにですが、現在は全然物不足という感じはしません。今の所、タイ米ではない米・味噌・醤油(普通・うす塩・減塩)・みりん・天ぷら粉・うどん・海苔・豆腐・ワサビ・鮨酢・キューピーマヨネーズ・日清のカップラーメン・コアラのマーチ、といった日本食材でさえも、やや値段は張りますが、首都ハラレの中華食材店で入手できることが分かりました。



偶然ホテルで朝食をご一緒させて頂いたこちらの大学の先生から聞いた教育関係の話も書いてみようと思います。もちろん、学校の先生は給与が支給されるのですが、朝学校に来てから給与を受け取るのですが(振り込みではなく、現金の手渡しです)、授業を行っている間にもハイパーインフレが進行するので、学校が終わってからだと支給された給与では帰りのバス代さえ支払えない、という状況だったようです。

そのような状況なので、当然学校に来なくなる先生も出てきます。そこで何が起こったのかというと、生徒達がインフォーマルなグループを形成して、そこに学校の先生を呼んで授業をしてもらい、親たちが先生に外貨又は現物で給与を支払うことで教育活動を維持していた、という話を聞きました。

また、経済が大混乱したため授業料やその他の教育経費が支払えなくなり退学した児童もそれなりにいたようです。しかし、このようなケースでも、学校を退学した児童の兄または姉がこの退学した子どもに対して勉強を教えすことで退学した児童が教育を受け続けることができた、というケースもあったそうです。

確かに、この3週間首都ハラレに引きこもって教育統計や数々の調査結果を見ているのですが、たかだか数年前に未曽有の経済危機が襲った国・低所得国の国とは思えないので、こういった背景があったんだな、とその教育熱心さにとても感動しました。そんなジンバブエの教育を少しでもより良いものにできるようなお手伝いが出来るように、ネパールの教育NGOサルタック(一緒に活動して頂ける方、ご興味のある方はこちらまでよろしくお願いいたします→SarthakShikshaJP@gmail.com)の立ち上げ共々、頑張っていこうと思います。
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