ジンバブエでの生活の事や途上国や日本の教育政策の事について書いています(ここでの見解は個人の見解であり、所属団体の見解ではありません)
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 ニコ生で話しきれなかった事、いじめについて③
2012年09月23日 (日) | 編集 |
前回は、いじめに対処するためにいかに学校の死角を減らす事が出来るかを、教育行財政の観点から考えて準備していった事を記しましたが、今回は、教育の場において人間関係の流動化をどのように図っていくか、考えて準備していった事を書こうと思います。

勉強した著書では、教育の場で流動的な人間関係を確保するための方法として、通信制学校や所謂Non-Formal Educationの活用まで見据えたバウチャー制度の導入が提唱されていました。確かにこれは1つの有効な方法だと思われます。

バウチャー制度下では、政府が子どもを持つ各家庭に教育クーポン(バウチャー)を発行する事になります。各家庭は私立なり公立なり通信制なりNon-Formal Educationなり、子どもに教育を受けさせたいと思う教育機関に対して、この教育クーポンを提出する事になります。この教育クーポンを受け取った教育機関は、この教育クーポンを政府に提出する事で、お金を受け取る事になります。従来は政府が各教育機関に直接予算を渡していたのに対して、バウチャー制度の下では、政府はバウチャーという形を通じて、各家庭に予算を配布する形となります。バウチャー制度の学力に対する効果には言及しませんが、確かにバウチャー制度は従来の教育制度と比べて、教育の場における人間関係をより流動的にするものだと考えられます。

ただし、学校以外の形式の教育機関まで認める事にはリスクが付きまといます。途上国で顕著に見られるのですが、Non-Formal EducationにはSecond Education化しやすいという危険性があります。途上国の中には、働きながらしか学べない児童や、HIV/AIDS孤児のためのNon-formal Educationが整備されている国が多数あります。ただ、これらの国では、Non-formal Educationに通い始めた子どもが、教育システム間の連携の不備で主流の教育に戻る事が出来ないケースや、Non-formal Education出身の児童に対する差別が発生するケース、Non-formal Educationに通っていた事が負のシグナルとなり労働市場で職が見つけられないケース、等が問題となっていたりもします。このように、本来主流な教育を補完・代替する形であるべき物が、主流な教育から漏れた児童の受け皿化してしまう状態がNon-formal EducationのSecond Education化です。イマイチSecond Education化がイメージつかないかもしれませんが、日本の高校教育における職業科教育も、本来普通科教育を補完・代替すべき物なのですが、職業科教育が普通科教育に対して劣位に置かれており、Second Education化している、と言えばイメージがつきやすいかもしれません。

確かにNon-formal Educationのような多様な教育機会が保障されている事そのものは大事ですし必要な事です。そして、学校のような共同体的なものがそもそも受け入れられないような子どもに対する教育機会の保障は重要です。なので、この辺りはSecond Education化が起こらないように留意しながら行う必要が出てくるのかなと思います。

また、バウチャー制度と似たような働きを期待できる物として学校選択制も挙げられます。特に、コストや現場の負担は多大なものとなりますが、毎年通学する学校を選べるような、流動性の極めて高い学校選択制であれば、Non-formal Educationが抱えるSecond Education化のようなリスクは存在しませんし、何よりも転校に伴うスティグマが軽減されるので、いじめにあったとしてもその中間集団から離れる事が容易になります。

しかし、これらの政策が万能であるかと言われると、そうとは言えません。第一に、バウチャー制度や学校選択制は基本的には都市を土台とした政策です。例えば、私が卒業した小中学校は、隣の小中学校に赴任すると僻地手当が支給されるぐらいの田舎です。例え学校選択制度が導入されたとしても、隣の小学校まで徒歩で2時間以上かかりますし、公共交通機関での移動も極めて困難です(一番近くの電車の駅まで車で20分、電車は1時間に2両編成でやってくるのが1本といった感じです)。つまり、農村部で学校選択制が導入されても、学校の選択のしようがありません。また、子どもの人数も極めて少ないので、バウチャー制度が導入されたとしても、Non-formal Educationのような物が成立する余地がありません。農村部で教育の場における流動的な人間関係の構築は、これらの政策ではほぼ対処できないと言えます。

第二に、親の側に選択権がある教育システムは、地方分権化についても全く同じ事が言えるのですが、親の社会経済状況や能力が如実に子どもの教育状況に反映されてしまいます。子どもの教育に熱心な親であれば、近隣の学校に関する情報を収集し、それを吟味し、子どもがいじめに遭わないような学校を選択する事が出来ます。しかし、そうでない親はそもそも情報収集を行わないですし、仮に情報を集めたとしてもそれを分析する能力に欠けている事があります。結果、社会経済的に豊かな家庭の子どもほどよりいじめに遭いづらく質の高い教育を受けられる学校に通うようになりますが、社会経済的に貧しい仮定の子どもほど、家から近いというだけで学校を選択し、いじめに遭いやすく質の低い教育しか提供できない学校で教育を受ける事になってしまいがちです。

このように、教育の場における流動的な人間関係の確保を図る教育政策は、地域間の公正性の欠如や教育機会を通じた不平等の連鎖といった問題をはらむ可能性があり、なかなか難しい選択肢となる事が予想されます。ですが、いじめ問題に取り組むためにも、これらの短所を補える形のこれらの政策を模索する必要があるでしょう。

では、最後にいじめの秩序が前面に出てくる事を如何に防ぐか、について教育行財政の視点から考えて準備していった事ですがこれはまた次回にしようと思います。

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