ジンバブエでの生活の事や途上国や日本の教育政策の事について書いています(ここでの見解は個人の見解であり、所属団体の見解ではありません)
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 ニコ生で話しきれなかった事、いじめについて①
2012年09月19日 (水) | 編集 |
近況報告ですが、8月中旬にワシントンDCから帰国し、中国・四国地方へと新婚旅行に出かけ、東京に赴き色々と仕事をこなし、先週末ジンバブエへ向けて出発しました!…となるはずでしたが、レセパセ(国連パスポート)の申請書を国連本部が紛失し、さらに送付した健康診断の結果についても1カ月以上経ったのにも拘わらず国連本部の方から何の音沙汰もないために、実家の岐阜に戻ってきました。。。そのせいで現在は住所不定無職です、国連システム恐るべしですね…。

さて、先週ニコ生のニュースを読み解け!ニコ生シ​ノドス9月号 特集「本当に必​要な教育政策とは?~『ダメな​議論』を徹底検証~」に出演し、荻上チキさんと日本の教育について対談させて頂きました。ご覧頂いた方はわざわざ時間を割いて見て頂いて本当にありがとうございました。ご覧頂いていない方も、近々αシノドスの方に対談の詳細が掲載される予定なので、ぜひぜひご覧ください。

ちなみにですが、今回の放送の出演料は、東北の子どもの学びと遊びを支援するプロジェクト結さんと、日本ネパール女性教育協会さんの方へ、シノドスさんのご厚意で寄付して頂きました。それぞれ被災地の子どもと途上国の子どものために活動している団体で、かつ僕の目から見てどちらの団体の活動もとても賛同できるので、この二つの団体を選ばさせて頂きました。このような団体への支援がより広がって行くと良いなと思います。

対談にはいくつかテーマと資料を用意して行きました。しかし、テーマと資料を普段会議や学会で発表するような時間配分を想定して用意してしまったので、話し切れなかったものや、上手く話せなかったものがいくつかありました。あとから考えてみると当たり前のことなのですが、対談形式の方がプレゼン形式よりも時間がかかります。話し始めてからこの事に気がついて、これはまずいなと思ったのですが、荻上さんの名司会のお陰で準備していった物は大体話す事ができました。それでも少しだけ話しきれなかった物や上手く話せなかった物があったので、書き留めておこうと思います。



まずいじめについてです。

いじめ問題については、朝日新聞のいじめている君へ・いじめられている君へ、のようにいじめの当事者がどうすべきかといった提言や、こちらのHPのように、いじめに対峙した教員がどうすべきかといった提言をweb上でも数多く見かける事ができます。しかし、このような教授法的なアプローチや教育心理学的なアプローチは私の専門外ですし、専門外の事について適当な事を言うのも無責任だと思うので、教育行財政的なアプローチでいじめにどのように取り組んでいけるのか?を考えて準備して行きました。

とは言うものの、私も小学校の時にいじめにあって登校拒否をしていたので自分でも不思議に思うのですが、いじめについてはこれまで勉強をした事がありませんでした。なので、帰国してから荻上さんの著書である「いじめの直し方」と「ネットいじめ」、またブログとして残っているものを参考に、いじめについてどのように教育行財政的にアプローチできるのか勉強しました。

まず、勉強で使ったこれらの書籍からいじめについて学んだ事をまとめてみます。あくまでも自分の興味に沿ったまとめなので、詳しくはこれらの書籍を読まれる事をお勧めします。



まず、よほど悪質なパターンを除いて、いじめは教員や親の目の届かない所、つまり学校の死角で行われている事が特徴として挙げられます。確かに、教員や親の目の前でいじめが行われるというのは普通はあり得ない事なのでその通りだと思います。なので、いかに学校の死角を減らせるか?、が課題の一つとして浮上してきます。

次に、人間関係が固定された中間集団で行われる事も特徴として挙げる事ができます。流動的な人間関係であれば、特定の中間集団が嫌であれば他の中間集団へ移ればよいし、固定的な中間集団の中ではいじめを誘発する秩序が前面に出やすいようです。具体的には、小中高のような人間関係が固定的になりやすい場ではなく、大学のような人間関係が流動的に築かれやすい場では、いじめの秩序が前面に出てきづらいようです。どのように人間関係の流動性を確保するかも、課題の一つです。

あと、人間集団の中には様々な秩序が併存していて、例えばいじめを引き起こす秩序も、いじめは悪だという秩序も同時に存在しているようです。いじめを行っている集団にいじめは良くない事か?、と聞いてみても、恐らくYESという答えが返ってくると思うのですが、この事が正に様々な秩序が併存しているという事を意味するようです。

いじめの秩序が前面に出てくるといじめが行われ、いじめの秩序が後面にいる間はいじめが行われる事はない、という事です。フォーマルな場であればいじめは良くないという秩序が前面に押し出されてくるのですが、インフォーマルや学校の死角となっている場ではいじめを起こす秩序が前面に押し出されてくる、といった感じのようです。つまり、いじめの秩序が前面に出てくる事を防ぐ、というのも課題として挙げられます。



これらの3つの課題に取り組むための教育行財政的なアプローチなのですが、これについては長くなってきたのでまた次回にしようと思います。
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