ジンバブエでの生活の事や途上国や日本の教育政策の事について書いています(ここでの見解は個人の見解であり、所属団体の見解ではありません)
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 ニコ生で話しきれなかった事、いじめについて④
2012年09月27日 (木) | 編集 |
前回までに引き続き、ニコ生シノドスに出演した際に、準備して行ったもので上手く話せなかった物・話しきれなかった物を書き留めていきます。いじめ問題に教育行財政的にどのようにアプローチできるか?の最終回です。いじめ問題に取り組むためには、いかに学校での死角を減らせるか、如何に教育の場での人間関係を流動的なものにできるか、いじめの秩序が前面に出てくる事を防げるか、の3点が重要だと考えられています。今回は、いじめの秩序が前面に出てくる事をいかに防ぐか、について考え準備して行った事を書き留めておこうと思います。

こちらのいじめ研究の第一人者である、社会学者の内藤朝雄さんへのインタビュー記事と「いじめの直し方」によると、いじめの秩序が前面に出てこないようにするには、いじめに対する罰則を重くする方法と、いじめをするよりももっとやりがい・楽しみがある様にする方法の2種類があるようです。

前者については、警察や弁護士といった一般的な社会のルールを導入する、という事がいじめの直し方の中で提言されています。これには2つの効果が期待でき、まずいじめの罰則を重くする事でいじめを行うコストを上昇させて、いじめの抑止を図るという物です。さらに、一般社会のルールを学校に持ち込む事で、場の秩序を転換させる効果も見込めるそうです。つまり、学校でいじめの秩序が前面に出てきていても、一般社会のルールを持ちこむ事で、いじめはよくないという秩序を前面に引っ張り出してこれる事が見込めるそうです。

以上の事が上記で紹介した書物で述べられていた事です。私は、いじめに対して警察や弁護士の介入があり得るというシグナルを学生に対して発すること自体には賛成ですが、極めて悪質なケースを除いて警察や弁護士を介入させることには慎重であるべきだと考えます。

いじめや非行行動に走る児童の殆どが家庭に問題を抱えていると言われています。いじめを行った者に対して法的措置を取ると、そのいじめを行った者の学習機会が失われ、つまり人的資本の蓄積機会が無くなり、その児童が大人になり家庭を持った時に、また問題を抱えた家庭を築きやすくなってしまい、長期的にはいじめの数を減らす事が出来ない可能性(むしろ、学歴の低い層ほど合計特殊出生率が高い事を考えると、いじめの数を長期的に増やしてしまう恐れすらあります)があります。私は、問題を抱えている児童・生徒ほど、より人的資本を蓄積させうる方法で対処していかなければならないと考えます。私はよく就学前段階の児童に対する介入の重要性を訴えていますが、恐らくいじめ問題についても同様の主張になると思います。将来、いじめや非行行動に走りそうな、家庭にリスクを抱えた児童に対して早期に介入し、小・中・高でそうならないように早めに対処する事が必要なのではないかなと思います。

さて、後者のいじめをするよりももっとやりがい・楽しみがあるようにする点についてですが、色々と考えてみたのですが正直良く分かりませんでした。教育行財政では教室や学校の中をブラックボックスとして扱う事が多いのですが、恐らくいじめよりもやりがいがある事を作り出すのはこれに当たるのかなと思います。いじめをなくす事はできませんが、教育行財政としていじめに対して取り組める事に取り組み、できるだけ実際に子どもたちに対峙する教員の負担を減らし、いじめの秩序が前面に出てきづらい学校・学級運営に当たってもらえるようにするのが、教育行財政の仕事かなと思います。

この点と関連して、今回いじめについて考え準備して行った事は、基本的にいじめを予防するためのものであって、決して現在進行形で行われているいじめについてどう対処すべきか、という物を取り扱っていません。



最後に、対談の中で荻上さんから投げかけられた質問について紹介しようと思います。
「なぜ私が勉強しているような分野でいじめに関する研究は少ないのか?」
というものです。言われてみるとこれは結構謎です。荻上さんが仰っていたように、教育学部の構造にも問題があるのかもしれません。科目別の教員養成学科や教育哲学科、教育心理、教育社会学といった物が分野として存在しますが、いじめ学科なる物は恐らく存在しません。つまり、いじめを研究したとしても、それ相応のポストがアカデミアに存在しない、という問題です。

あとは、データの取りづらさがあると思います。何を持っていじめとするか、そもそもいじめをあるなしの二分法で捉えるべきかそれとも指標化して捉えるべきか、いじめをどれだけ補足できるか、等々の問題があります。データが取れなければ、分析する事も極めて難しくなります。

いじめ問題が取り扱われないのには、こういった背景があるのかな、と思います。しかし、イギリス辺りでいじめが引き起こす社会的な損害の試算が試みられましたが、いじめの被害は決して無視できるような小さな物ではありません。教育行財政、教員、研究機関、それぞれがいじめの被害を最小限にするために出来る事にしっかりと取り組んでいかなければならないですね。
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