ジンバブエでの生活の事や途上国や日本の教育政策の事について書いています(ここでの見解は個人の見解であり、所属団体の見解ではありません)
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 人権としての教育、投資としての教育(前編)
2012年02月01日 (水) | 編集 |
再び、JPO派遣候補者研修を受けての感想です。研修の中で国連システム全体での援助計画(UNDAF:United Nations Development Assistance Frameworks)の策定の仕方を勉強しました。世界銀行も同じような援助計画(PRSP:Poverty Reduction and Strategy Paper)を策定しているので、研修の中ではこの二つを比べてそれぞれの長所短所を学びました。

国連のUNDAFと世銀のPRSPの長所短所はややJudgement Callな所がありますし、自分自身の判断で何か言えるほどこの業界に精通している訳でもないので、この点は置いておきます。ただ、教育分野の人間としてこの二つの援助計画を見比べると、なかなか面白い点が浮かび上がります。それはPRSPでは投資としての教育、UNDAFでは人権としての教育、という側面が強く現れる点です。もう少し具体的に言うと、PRSPの中には「Poverty」や「Growth」という単語が頻出する一方、UNDAFの方にはこれらの単語は殆ど出て来ず、代わりに「Rights」という単語が良く出てきます。大学院での専攻も含めて、この5年間投資としての教育側に身をおいていましたが、この度人権としての教育側に移籍するにあたって、学部時代に国際教育協力分野の教科書で習った事が実際に感じ取れて、とても面白かったです。



この投資としての教育と人権としての教育の違いを実際に感じ取れるのは確かに面白いのですが、自分自身のキャリアプランを考える上では相当にめんどくさい事が起きているのも、また事実です。これを少し説明しようと思います。

1990年のジョムティエン会議を契機に、教育に対して人権アプローチを取る国連システムと、経済アプローチを取る世界銀行グループの考えが、基礎教育の完全普及で一致し「Education for All(EFA)」の流れが生まれ、これが変質しMDGs:Millennium Development Goals(国連ミレニアム開発目標)のGoals2「初等教育の完全普及(UPC:Universal Primary Completion)」とGoal3「教育におけるジェンダー格差の解消」となりました。人権的に初等教育の完全普及と教育におけるジェンダー格差の解消が重視されるのは分かるかと思いますが、投資として初等教育の完全普及とジェンダー格差の解消が重視されるのは何故でしょうか?これは、初等教育と女子教育の収益率が高いためです。収益率が高いというのは、コストと便益の両面から説明されます。

まず初等教育の完全普及のコスト面から説明します。これは小学校と中等教育の職業訓練校を比較すると違いがよく分かります。多くの国では小学校の教員給与は中学校や高校より安く、かつ実習にまつわる費用が殆ど発生しないために、基礎教育のリカレントコストは職業訓練校のそれと比べて安上がりになります。さらに、小学校は職業訓練校で必要とされるような大掛かりな設備も必要とないので、キャピタルコストが格段に安上がりとなります。次に便益面を説明します。現在アメリカで第二次産業が流出し、第二次産業従事者に男性が多いため、男性不況などとジェンダーの分野で言われるように、グローバル化の進展と共に第二次産業を中心に中等教育程度の職業訓練はその教育成果を生涯にわたって発揮できる可能性が低くなっています。しかし、初等教育で学ぶ3Rs(読み・書き・計算)はどこの国のどの分野で働いても必要不可欠なものですし、初等教育の学習成果はlearnabilityの基礎となるため、初等教育の効果はほぼ何が起ころうとも生涯にわたる物となります。これらの事から、初等教育は他の教育段階と比べて教育の収益率が高くなるケースが大半を占めます。

次に教育におけるジェンダー格差の解消です。コスト面については、特に男女間の賃金格差が大きい国では、教育を受けるための放棄所得が男子よりも女子の方で小さくなるため、女子教育の方がコストが安くなります。女子教育の便益は様々な物が挙げられるのですが、代表的なものとしては出生率の低下・子どもの高学歴化・子どもの健康状況の改善、と言った物が挙げられます。このように、女子教育はとりわけ社会的収益率が高く、コスト面の安さと相まって、女子教育の収益率は高いと考えられています。

このように人権側も経済側も利害関係が一致しているので、国際教育開発業界では少なくともMDGsが終了する2015年迄、双方の目標が大きくずれることはなさそうです。ですが、2015年以降は正直良く分かりません。ちょっと書くのに疲れたので、2015年以降に投資としての教育と人権としての教育の目標がずれる可能性、その日本への示唆は次回に回そうと思います。
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