ジンバブエでの生活の事や途上国や日本の教育政策の事について書いています(ここでの見解は個人の見解であり、所属団体の見解ではありません)
 スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


 我々は教育に時間とお金をかけ過ぎているのか?(NY Times)その①
2011年09月03日 (土) | 編集 |
博士課程の受験の準備が思っていたよりも大変で、新聞を読んでいる時間も受験が終わるまであまりなさそうな感じなのですが、受験が上手くいったら僕の博士論文の副査の先生になりそうな方も加わって、NY Timesで「Do we spend too much on education」というタイトルで面白いディスカッションが行われていたので、ちょっとご紹介しようと思います(受験と就活に関しても、進路が決まり次第ご報告しようと考えています)。

まず、教育にコストをかけ過ぎているのではないかという着想に至る動機付けなのですが、①納税者の視点:教育予算は50年代以降膨れ上がっている、②教育の消費者としての視点:平均して大学の学費は年17,000$で卒業時には23,000$の借金を抱えている、③労働者の視点:この40年間で労働者に占める大卒者の割合は11%から30%へ上昇し、大卒はもはやエリートとは呼べなくなった、というものです↓↓

Americans who go to college are triply hurt by this. First, as taxpayers: state and federal education budgets have ballooned since the 1950s. Second, as consumers: the average college student spends $17,000 a year on school, and those with loans graduate more than $23,000 in debt. And third, as a worker: in 1970, an applicant with a college degree was among an elite 11 percent, but now almost 3 in 10 adults have a degree.

これは最もな正論で、大雑把に言えば、「一人当たりの教育費×就学者数=教育予算」ですが、教育施設・道具・教員給与も60年以上前と比べれば随分と良くなっているし(一人当たりの教育費が増加している)、就学率も大幅に上昇しています(就学者数が増加している)。さらに、大学の学費が急上昇しているのはここ最近になってからだし、ワシントンDCなんかで周りを見ると大卒はおろか院卒までゴロゴロいるような状況です。これらを鑑みると確かに、我々は教育にコストをかけ過ぎていると言われれば、なんとなくそんな気がしなくもないですね。そして、この話題に、色んな分野の著名人が各々の主張を投げかけています。



教育にコストをかけ過ぎか否かの論争に入る前に、Jeffrey Jensen Arnett氏の主張を取り上げます。学校・スクールの語源は、ギリシャ語のスコーレで、意味は暇つぶしとかそのようなニュアンスを持つものなのですが、まさにその点を指摘しています。寿命も延びて80歳まで生きるのも普通になってきているのに、何をそんなに行き急ぐ必要があるのか。寿命の延びに伴って同様に伸びている青年期の数年を過ごすのに、大学は適しているじゃないか、というものです↓↓

College allows emerging adults to try out a wide range of possible paths to their future./But even as we seek to improve it, we should keep the worthy premise that going to college is a great way to spend a few years of emerging adulthood.

この人の主張を見ていて、東大教育学部時代の友人が「Living a life is killing a time(生きる事は暇つぶしだ)」なんてよく言っていたのを思い出しました。この分野にいると、YPやJPOなど年齢制限と戦いながら生きていく事になるので、ふとそれを現在でも地で行っている友人を懐かしくも羨ましく思い出してしまいました。。。



我々は教育に時間とお金を費やしすぎているのか?について、まずは教育にコストをかけ過ぎだというPeter Thiel氏の意見を取り上げます。彼は学費が上昇している割に大したスキルも知識もつかず、大半の人にとって大学教育はただ単に借金を膨らませているものだ、と主張しています。なかなか過激な意見のようですが、日本でも池田信夫氏が似たような記事を書いていたので、なかなかアピール力のある主張なのかもしれませんね→大学というバブル

millions of other people are paying more than quadruple what their parents paid 25 years ago (plus inflation) for a vague credential, not much knowledge or skills, and a crippling amount of debt./Before long, spending four years in a lecture hall with a hangover will be revealed as an antiquated debt-fueled luxury good.

教育にコストをかけ過ぎという真正面からの主張はこの人だけだったのには少し驚きました。こっちに来てから感じるのですが、オバマ大統領の演説でも度々教育問題が言及されるように、結構アメリカ人は教育熱心というか教育に対する期待が高いような印象を受けます。日本の教育学部にいたときは、日本人は教育熱心である・だから日本の教育経験を途上国にも、という言説になんら疑いを抱かなかったのですが、太平洋の向こう側から少し日本を遠くに見てみると、大学が多すぎる・学歴なんて意味がないという言説が結構普通にまかり通っていて、本当に日本人は教育熱心なのかな?とふと疑問に思うこともあったりします。日本人は教育熱心だという言説は実の所、日本人は時間やお金を有効に投資するのが苦手で相対的に教育に時間やお金が集中している、だけだったりするのかもしれませんね、データがあるわけではないので何とも言えませんが。。。



次回は、教育にコストをかけ過ぎてはいないがより効率的にリソースを使わなければならない、という大学の教授陣の意見を取り上げてみようと思います、いかんせん願書提出まであと数ヶ月なので次回は随分先になりそうな予感がしますが。。。

このエントリーをはてなブックマークに追加にほんブログ村 海外生活ブログ 国際協力へ人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。