ジンバブエでの生活の事や途上国や日本の教育政策の事について書いています(ここでの見解は個人の見解であり、所属団体の見解ではありません)
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 実物のジンバブエドル
2013年03月21日 (木) | 編集 |
以前ご紹介したのですが(ハイパーインフレーション後のジンバブエでの買い物の様子)、現在ジンバブエは複数通貨制度を取っており、主に南アフリカランドと米ドルが流通しています。例えば、郵便局で切手を買うと、米ドルで代金を支払うのですが切手の額面は南アフリカランドになっていたりするのが典型例です。

主に米ドルと南アフリカランドと書きましたが、大きなスーパーではボツワナの通貨も、イギリスのポンドも、ユーロも使えるという状況です(日本円は銀行での両替すら無理ですが。。。)。中国人のこの地でのプレゼンスを考えると、近い将来きっと中国元も使えるようになるのではないかと思います。



このような感じなので、日本でもとても有名なジンバブエドルはもう使われていませんし、日常生活をしていて見かける事も一切ありません。しかし、この前我が家に青年海外協力隊の方々をご招待した時に、ご丁寧にも昔のジンバブエドルをお土産に持ってきてくれて、かつジンバブエドルを今でも入手できるお店を教えて頂きました。

DSCN0832.jpg
というわけで、上の写真は青年海外協力隊の方々がくれた、2001年当時に発行されたジンバブエドルです。10、20と書いてありますが、これは10セント・20セント硬貨です。当然と言えば当然なのですが、2001年当時はまだこういった小額の硬貨に対する需要があったわけですね。

そして今週探検がてらとあるマーケットをぶらついてみた所、日本で言う骨董品屋みたいな所があって、そこに実物のジンバブエドルがあったので、購入してみました。

ジンバブエドル1

ジンバブエドル2

上の紙幣は2007年に発行されたものです。

ジンバブエドル3

DSCN0872.jpg

上の紙幣は2008年に発行されたものです。

DSCN0833.jpg

そして上の写真は、発行された中で最も高額である100兆ジンバブエドル札です。その他のジンバブエドルを入手したマーケットとは別の繁華街の、とある時計屋さんで1枚2US$で売っていました(協力隊の人達はどこでそんな情報を入手してきたのでしょうか、凄い情報網ですね。。。)。このようにいざジンバブエドル札を目の当たりにすると、わずか7年でセント硬貨の需要があった国が100兆ドル紙幣を発行することになるとはと、改めて驚きを感じざるを得ません。

また、世界史の教科書で習うドイツのハイパーインフレだと、お金を山のように積んで買い物をする写真なんかが掲載されていると思うのですが、このジンバブエドルがほぼ未使用の新品である事が示唆するように、ジンバブエのハイパーインフレ下ではお金を刷るのが間に合わず、殆どこの手のジンバブエドルは市中に出回らず、物々交換の経済がメインになっていったようです。

この夏には選挙が控えていて、外務省さんの方からも注意喚起が出ているのですが、何事もなくスムーズに物事が運び、二度とハイパーインフレのような悲劇を経験せずに順調に経済発展していってくれる事を願っています。

おまけ
ジンバブエがまだ南ローデシアだった頃の紙幣も発見しました。店員さんも触る事をかなり躊躇していたぐらいなので、貴重な品のような感じがします。この骨董品屋の店員さんは値段をふっかけてくる事も無く、丁寧に説明もしてくれたので、掘り出し物を求めてちょくちょく通ってみようと思います。。。
DSCN0865.jpg

DSCN0866.jpg

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 南部アフリカの車事情とユニセフのvisibility
2012年12月30日 (日) | 編集 |
ジンバブエでの新居に無事引っ越し、事務所の方から車を借りることもできました。

ジンバブエの車事情ですが、日本と同じ側の車線・ハンドルということもあって、おびただしい量の日本車を見ることができます。ハラレ市内でもいくつか自動車の輸入販売・中古車販売をしている会社を見かけます。ただ、セキュリティー担当の人からこの手の会社の車は整備不良の場合もあるので、できれば避けるように言われています。

では南部アフリカにある国連事務所ではinternational hireの職員に車をどうするように薦めているのでしょうか?それは、日本からの輸入です。私が日本人だから、というわけではなくどうやら一律に日本から車を輸入する事を薦めているようです。アフリカに居ながら日本の中古車を輸入するのは次のようなサイトを利用するようです↓↓
http://www.autorec.co.jp/



とは言うものの、日本から車を輸入するのには3カ月程度はかかります。ユニセフの場合は、赴任してから車が届くまでのしばらくの間、事務所の車をレンタルする事ができます。もちろん、レンタル料と保険料を支払う必要はありますが(事務所の車を借りる際、フルカバレッジの保険に加入する事が求められるのですが、ということは普段の保険はどうなっているのでしょうか…。)。

ここで重要な問題に直面します。現代の日本では車の多くはAT車で、実に新車販売の95%以上はAT車だと言われています。さらにこの流れを受けて、新規に免許を取る人の過半数がAT限定免許を取るようになったそうです。しかし、途上国を走っている日本車の大半はMT車です。もちろん、うちの事務所が持っている車も全てMT車です。

というわけで、免許を取った時以来のMT車運転をする事になりました。初日は事務所の前のスペースで10分ほど練習した後、街中の運転を始めました。信号で止まって発進する際にはほぼエンストをしていたので、練習も含めると一日で50回ぐらいはエンストをしたような気がします。ここハラレ市内は基本的には坂が少ないのと、前の車がエンストしてもクラクションを鳴らさないような市民性があるのでよいのですが、これがアフリカの別の都市だったらとんでもないことになっていたと思います。。。もしこの記事を読んでくれた方で、国際協力の分野に進みたいと思っていて、まだ車の運転免許を取得していないorAT限定解除に行ける余裕がある人は、MT免許を取得しておくことをおススメします(苦笑)

Car.jpg

さて、上の写真が実際に借りてきた車です。ナンバープレートとか出して大丈夫か?と思われるかもしれませんが、ご覧のナンバープレートではこの場で隠しても全く意味がありません。。。

ちなみにですが、危ない地域に出張に行く時にはユニセフのTシャツを着ていく事が推奨されています(ジンバブエには今の所そのような地域は存在しませんが)。ユニセフはvisibilityを高める事が安全に繋がる(幹部レベルだと話はまた別かもしれませんが)と考えているようです。これまでの仕事ぶりを考えれば、人々に信頼されることはあっても、襲われることはないだろうということで、恐らくこのナンバープレートもその一つだと思われます。中東で国連の事務所が襲われているので、本当にそうなのかなぁとやや疑問が残る所ではありますが。。。



今年もそろそろ終わりですね。といっても世界銀行と同様に、ユニセフも12月31日も仕事だし、1月2日も仕事なので、全然年の瀬と言う感じはしませんが。。。みなさま、よい年末をお過ごしください。

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 ハイパーインフレーション前夜の話
2012年12月21日 (金) | 編集 |
ようやく新居に引っ越し、インターネットもつながったので(月に230ドルぐらいと超高額なのですが。。。)、徐々に生活も落ち着いてきました。今回の話も、とあるジンバブエ国籍の白人の方(Aさんとしましょうか。)から聞いた話で、裏を取っているわけではないので、話半分に聞いてもらえればと思います。またゆっくり振り返って追々書いてみようとは思いますが、とある事情により現在私たち夫婦は一時的に経済的困窮に陥っています。。。どうしてもそれをAさんに伝えなければならなかったのですが、その時の話です。

ハイパーインフレーションが起きた事で有名なジンバブエですが、その引き金となったのは白人と黒人との格差を是正するためにとられたラディカルな政策でした。

20世紀のジンバブエはとても優れた農業国で、近隣諸国に農産物を輸出していたほどだったのですが、これは主に白人が経営する大規模農業によって担われていました。しかし、21世紀になると、格差是正のために白人の農場を没収するという政策が行われました。またこの時に企業経営などでも似たようなラディカルな政策が採られたようです。

2000年になってからこれまでに約4300人の白人農場主がその土地を追われたそうで、Aさんもその1人でした。Aさんの友人の中には、銃を突きつけられて「4時間以内にここから出ていけ」とか「1日以内にここから立ち退け」と所有していた農場から追い出された人もいたようです。Aさんも時間的に猶予はあったものの、配偶者の方が実際に銃を突きつけられたらしく、かなり怒りながらその話をしていました、まあ当然ではありますが。。。

Aさんの経営していた農場はそれなりの規模があって300人の黒人を雇用していたそうです。Aさん自体の被害も甚大なものがありますが、Aさんはそれ以上に300人の職が一気に無くなってしまったことを嘆いていました。同様のことは他の分野でもあって、Aさんの親戚(白人)が経営していた学校も、急遽閉校させられてしまったそうで、学校が無くなった子どもたちが教育を受けられなくなったことも深く嘆いていました。

さて、今回のブログのタイトルにハイパーインフレーション前夜とあるのですが、これまで白人が経営していた大規模農場を接収・配分した所で、農業経営の知識もない人ではとうてい大規模農場を運営していけるはずもなく、ここから経済が大混乱へと陥りハイパーインフレーションを迎えて、現在の80%という高い失業率へとつながっていくのです。

Aさんは、没収された農地についてそのお金を補填してもらえた人は全体の10%にも満たないことに強く憤っていました。また、お金を全く補填してもらえていない事に加えて、例えば政権が代わって没収の憂き目にあうならまだしも、1980年頃からずっと同じ政権で、同じ政権の間に方針が変わって没収の憂き目に遭うなど絶対に許せないことで、私の代では無理だとしても子どもの代までには絶対に土地を取り戻す、ととても強い口調で言っていました。普段はすごく陽気で、現在私たち夫婦が経済的に困窮しているのを助けてくれる本当に良い人なのですが、現在私たち夫婦が経済的に困窮している理由を聞いて、「だから黒人は…」と愚痴り始めて、さらにこの話へと結びついていったのにはとても驚きました。

ジンバブエでもちょっと高めのカフェなどに行くと、街中ではそれほど見かけない白人によって席が占められていることもあるので(豊かな黒人もそれなりにいるのでどちらかというとそのような場所も少ないイメージですが。。。)、経済格差がすごい国だなとは思うのですが、ひょっとしたら経済危機によって経済格差以上に精神的な断絶が深刻な問題になってしまったのではないかな、などと思いました。

これがアファーマティブアクション的な政策が抱える問題で、効率も落ちる上に心理的にも悪影響を及ぼす可能性があり、果たして本当にその政策が良かったのか、なかなか難しいところがあります。SYNODOSさんに寄稿した「Education at a Glanceから見る日本の女子教育の現状と課題」でも指摘した点なのですが(今回の選挙で女性国会議員の比率も10%を割り込むという事態になっていますしね。。。)、アファーマティブアクション的な政策を採るよりも、基礎教育を充実させて決して親の世代の経済格差が子の世代の教育格差につながらない、ようにしていくことが大事なんだろうなと改めて思いました。今の職場は正にそれが出来る職場なので、頑張っていこうと思います。

ちょっと宣伝なのですが、女性差別・カースト差別がまだまだ残るネパールで、そんな今ある格差が未来へとつながっていかないよう不利な背景を持つ子どもたちを中心に質の高い有意義な教育を提供するべく「サルタック-Quality Learning for All」という団体を立ち上げました。もし我々の活動を支えて頂ける方や一緒に活動してみたいという方、少し興味があるよという方がいらっしゃいましたら、コンセプトペーパーをお送りいたしますので→SarthakShikshaJP@gmail.comまでご連絡下さい!
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 ハイパーインフレーション下のジンバブエ・現在のジンバブエ
2012年12月16日 (日) | 編集 |
立場上ジンバブエ政府の政策についての発言は控えたいと思いますが、政策とは関係ない方向でハイパーインフレーション下で人々がどのように生きていたのか、聞いた話を書いていきたいと思います。あくまでも聞いた話で、裏付けとかを取っているわけではないので、話し半分で聞いてもらえればと思います。



一般的にはハイパーインフレーションというと、世界史の教科書でドイツの子どもが紙幣の束で遊んでいる写真を思い浮かべられるかもしれません。ですが、ジンバブエのハイパーインフレーションというと紙幣の束ではなく、超高額のジンバブエドル紙幣を思い浮かべるのではないでしょうか?

どうやら紙幣をする能力がそれほど無かったために、超高額のジンバブエドル紙幣を次々と繰り出すのがやっとで、紙幣を刷ること自体はそれほど出来なかったようです。このように必要とされる紙幣を刷る事すらできなかったために、紙幣が圧倒的に市中で不足して、外貨が使われると同時に、物々交換のような経済が出来あがった、という話を聞きました。といっても、ハイパーインフレーション下では圧倒的な物不足に陥ったので物々交換の実施も相当に限定的だったようですが…。

ちなみにですが、現在は全然物不足という感じはしません。今の所、タイ米ではない米・味噌・醤油(普通・うす塩・減塩)・みりん・天ぷら粉・うどん・海苔・豆腐・ワサビ・鮨酢・キューピーマヨネーズ・日清のカップラーメン・コアラのマーチ、といった日本食材でさえも、やや値段は張りますが、首都ハラレの中華食材店で入手できることが分かりました。



偶然ホテルで朝食をご一緒させて頂いたこちらの大学の先生から聞いた教育関係の話も書いてみようと思います。もちろん、学校の先生は給与が支給されるのですが、朝学校に来てから給与を受け取るのですが(振り込みではなく、現金の手渡しです)、授業を行っている間にもハイパーインフレが進行するので、学校が終わってからだと支給された給与では帰りのバス代さえ支払えない、という状況だったようです。

そのような状況なので、当然学校に来なくなる先生も出てきます。そこで何が起こったのかというと、生徒達がインフォーマルなグループを形成して、そこに学校の先生を呼んで授業をしてもらい、親たちが先生に外貨又は現物で給与を支払うことで教育活動を維持していた、という話を聞きました。

また、経済が大混乱したため授業料やその他の教育経費が支払えなくなり退学した児童もそれなりにいたようです。しかし、このようなケースでも、学校を退学した児童の兄または姉がこの退学した子どもに対して勉強を教えすことで退学した児童が教育を受け続けることができた、というケースもあったそうです。

確かに、この3週間首都ハラレに引きこもって教育統計や数々の調査結果を見ているのですが、たかだか数年前に未曽有の経済危機が襲った国・低所得国の国とは思えないので、こういった背景があったんだな、とその教育熱心さにとても感動しました。そんなジンバブエの教育を少しでもより良いものにできるようなお手伝いが出来るように、ネパールの教育NGOサルタック(一緒に活動して頂ける方、ご興味のある方はこちらまでよろしくお願いいたします→SarthakShikshaJP@gmail.com)の立ち上げ共々、頑張っていこうと思います。
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 ハイパーインフレーション後のジンバブエでの買い物の様子
2012年12月09日 (日) | 編集 |
ジンバブエは未曽有のハイパーインフレを経験し、自国通貨を放棄して米ドルを流通させることでハイパーインフレを収束させました。しかし、米ドルが流通しているものの、あくまでも流通しているのは紙幣だけで硬貨は出回っていません。さらに、物の値段が消費税のかからない100円均一ショップのようになるのかと思いきや、大半の物はセント単位で値段がついています。ではそんなジンバブエで買い物をすると、お釣りや端数は一体どうなるのでしょうか?

①端数は切り上げor切り下げ
多分これが最も容易な方法だとは思うのですが、端数が20セントに満たないぐらいだと端数を切り上げたり切り下げたりして、お釣りを発生させないようにしている店が見られました。ちょっと驚いたのは、端数を切り上げて店側がお釣りを渡さなくても済むようにするケースばかりかと思いきや、端数を切り下げて端数分は店側が負担するケースもかなり多く見られます。

(例①)Chicken inというジンバブエ版ケンタッキーのチェーン店があるのですが、1.20ドルのコカコーラを買いました。1ドル札2枚を渡したのですが、1枚はそのまま返されました。。。



②商品を複数購入するように勧められる
50セント未満の物を一つだけ購入しようとすると、お釣りの額をできるだけ小さくして、①のケースのようにしようとするお店が、特に小口の商店やコンビニエンスストアなどで見られます。

(例②)ジンバブエではミネラルウォーターの大半が50セント以下で売られています。小口商店で一本だけミネラルウォーターを購入しようとすると、もう一本持っていくように言われます。が、さすがに水を二本も飲みきることはできません。。。



③お菓子をお釣りにする
前回も触れたのですが、ジンバブエでは写真を撮る事がかなり難しい状況となっているので写真をお見せできないのが残念ですが、スーパーマーケットや小口商店ではレジの前に飴・ガム・チョコレートを大量に入れた箱が置かれているのをよく目にします。そのようなお店では、お釣りとして発生した端数の分だけお菓子を持っていくように指示されます。お菓子によって値段が決まっていて、小さな飴なら1個1セント、大きな飴なら1個5セント、ガムなら1個10セント、チョコレートなら1個25セント、といった感じでお釣りの額に応じてお菓子を持っていくように指示されます。ひょっとしたらジンバブエではお菓子が成長産業になるのかもしれないですね。

DSCN0235.jpg

(例③)上の写真は9.98ドルの買い物に対して、20ドル札を渡した結果、10ドル札+小さな飴玉が2個返ってきたものです。ちなみにですが、この時はまだ無知だったのでお菓子箱の中からチョコレートバーを選ぼうとしたら、それは20セント分だから駄目だと窘められました。。。



④端数分のクーポン券を発行する
これは大きなスーパーマーケットで見られるのですが、お釣りとして発生した端数分のクーポンを発行するケースもあります。次の買い物時にそのクーポンを持っていくと、その分だけ値段を引いてくれます。妻の情報によると、クーポンを複数枚貯めることで、現金を払わずにクーポンだけで買い物をすることが可能なようです。お釣りの額が小さければ問答無用で③の選択肢になるのですが、40セント以上位のまとまったお釣りの額になると、お釣りをお菓子にするかクーポン券にするか選択するように聞かれます。

DSCN0234.jpg

(例④)上の写真がクーポン券の実物です。お釣りが64セントだったのでクーポン券を発行してくれました。次回の買い物でこれを持っていくと64セント金額から引いてもらえます。



⑤南アフリカ・ランドとボツワナの硬貨
お釣りの小銭が南アフリカ・ランド(硬貨)で返ってくるケースもたまに見られます。南アフリカ・ランドは米ドルと並んで法定貨幣として認められているので、米ドルの端数が南アフリカ・ランドで返ってくるのは最も正しい方法であるような気がします。極々稀にボツワナの硬貨でお釣りが返ってくることがあります。これも写真を撮ってこられないのが残念ですが、スーパーマーケットのレジの所にはその日の為替レートが米ドル-南アフリカランド、米ドル-ボツワナのお金、米ドル-ユーロについて掲載されています。ただ、出回っている数が圧倒的に不足しているのと、1ランド=11セントぐらいとやや大きいので、あまり南アフリカ・ランドでお釣りが返ってくるケースは見られません。もし日本の皆さんがジンバブエにいらっしゃる機会がありましたら、南アフリカ・ランドやペニー・ダイム・クォーターといった米ドル硬貨を持ち込んでくると、ジンバブエ人に感謝されるかもしれません(?)

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(例⑤)南アフリカに行っていないのですが、上の写真のように南アフリカ・ランドの硬貨を手にする事ができます。来て3日目にボツワナの硬貨を手にしたのですが、その貴重さに気がつかず写真も撮らずに直ぐに使ってしまったのが惜しまれます。。。



私は今回初めてアフリカ大陸に住むことになったのですが、他のアフリカ諸国に住んだ経験がある方々に言わせると、ジンバブエの人々はかなり控え目で忍耐強いらしいです。確かにこちらに来て3週間ほど経ちますが、そのような印象を受けます。だからこそ端数は全部切り上げとか100円均一ショップのようにはならずに経済が回っているのかな、などと思いました。

そういえば今年度中に立ち上がるNGOの理事の一員としてネパールにも携わっているのですが(コンセプトペーパー・団体規約等は出来あがっているので、支援してみたい・話だけでも聞いてみたい・一緒に活動してみたいという方がいらっしゃいましたら、SarthakShikshaJP@gmail.comの方までお気軽にご連絡下さい。)、ネパールもジンバブエ同様イギリスの影響を受け、海のない内陸国で、人々の教育水準もある程度高く、国民性も控え目な所があるので、ジンバブエに来てみてどこかしらネパールに似た印象を受けます。

仕事の内容は書きづらいのですが、ちょっとハイパーインフレーション下でどのように教育が行われていたのか、幸いにもこちらの大学の先生に伺う事ができたので、次回は経済が崩壊する中でどのように教育が行われていたのかを少し書いてみようと思います。

DSCN0233.jpg

(おまけ:アメリカに4年間住んでいましたが、一度も2ドル札を見たことがありませんでした。まさかこんなところにいたとは。。。)
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